7月29、30日

台風一過の山道には木の葉や小枝が散乱している、分け入るに従い鬱蒼とした原生林は薄暗く湿り気をおびてくる、山荘に着くまでに幾筋かの谷を渡る、そこには荒々しく祝子川へと下る清流が起こす涼風があり、火照った体を冷ましてくれる、程なくして着いた山小屋には、不愛想な先客が一人いた、山小屋の一角を占領し広げた荷物から数名のパーティーと想像する、挨拶もそこそこに渓流釣りに出かける、緑のトンネルを抜けると、眩しいほどに光と水が戯れる河原に出る、清流が岩に砕け白飛沫をあげて淵へと下る、急に荒々しさが消え穏やかな装いとなる、岸の緑を写しエメラルドグリーンに変身した水、つかの間の静けさの後、再び泡立つ急流となって下る。早速、渓流釣りの2名は糸たれ、小ぶりだが3人分のヤマメを釣った、釣りは早々に切り上げ、キャンプ用の薪を拾う、湿った枯れ木が多いが、2日の量を確保した、火のつきが悪く悪戦苦闘しているうちに、夕刻となる、ひぐらしの鳴く声が響くころ、漸く勢いが増した炎がゆらめく、ヤマメやバーベキューを食べ、明日の釣果や登山の話が弾む森は漆黒の闇となる

ひぐらしの鳴きくたびれて深い闇

目覚めると、仲間は渓流釣りに出かけた後で、私一人が山小屋に残されていた、朝食の準備をしていると、7匹のヤマメをさげて帰ってくる、今夜の食糧が確保できた、私はおにぎりを携えて、大崩山を目指す、湧塚方面へ向かい、また祝子川の河原に出る、晴れていれば岩峰を見渡せる場所だが、雲が絶景を隠している、突然、初老のおじさんに声を掛けられた、一人で湧塚から三里河原を回って帰ると言う、この登山で出会ったのはこの人一人だけです、切り立つ岩、豊かな水、深い原生林、素晴らしい山ですが入山する人は少ない、支流に入ると、苔むした岩、穏やかな水の流れ、覆いつくす木々の緑に心安らぐ。

渓流の音が遠ざかるにつれ、急な登りになる、木の根やロープを伝いよじ登って行く、危なっかしいはしごを慎重に登っていると、岩場に咲く紫色の花が目に付く

危うさの微塵もなしや岩場の花

漸く袖ダキにたどり着く、正面の小積岩、右手の湧塚の岩は霧に包まれている、強風に煽られ霧が薄らぐと巨大な岩が姿を現す、不鮮明だが、霧が情感のある景色を演出してくれる

壮大なドラマに岩上の客一人

これから先の岩を巡るルートは濡れて滑ることが予想され、来た道を引き返す。